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イマココ。ヨガから学ぶ「今この瞬間を生きる」ことの大切さ

では、「イマココ」とは何なのでしょうか。

前回のコラムはこちら👇

イマココとは、「今ここにいる」

つまり、今この瞬間、周りと調和し、それを味わい尽くして生きること…

私がマウイでヨガを勉強し始めてすぐに、何やら耳慣れない言葉を聞くことが多くなりました。

そのひとつがサンスクリット語の「アタ/Atha」、つまり日本語で「今」というような意味の単語です。

『アタに留まりなさい』

先生は、ことあるごとにそう言います。

みんなで食事をしていても、洗濯物を畳んでいても、瞑想していても、ポーズの練習をしていても。

とはいえ、この言葉は私にとって難解なポーズの名前と同じく “ナニカノキゴウ” のように、割り切って落とし込むしかありませんでした。

なぜなら「アタに留まる」は、曇ったガラスの向こう、近くにいるのによく見えない。けど昔から知っているような気もする。

やっと引き寄せたのに、また遠くに感じる。

当時はそんな、なんとも曖昧で掴みきれないものだったからです。

さてここで、時間についてちょっと話をしましょう。身近にあるのに、説明しようとすると途端に難しくなる時間について。

普段私たちは、過去→現在(今)→未来というように時は流れていると疑いませんが、哲学においては今しか存在しない

つまり、過去や未来はなく、幻想であるという考え方があります。

近年の量子論によれば、存在するのは出来事の連なりや変化そのものだけであって、私達はそれに「時間」という概念を後付けで当てはめたにすぎない、と言われています。

急に極端な話になり、ちょっと頭がクラクラしそうなので、詳しい解説は哲学や物理学の専門家にお任せするとして。

過去や未来は存在しない。幻想である。

これをひとつの考え方と仮定して、話を進めていきます。

過去はない

無いわけがないという声が聞こえてきそうですが、よくよく考えたら、今ここに過去は存在していない訳ですよね。今しかない。

これはごくシンプルなことなのに、体感としては落としにくいことかもしれません。

しかし、私がこれを体験として、腑に落ちたなと感じる出来事があります。

前回の記事で触れた人生最大のピンチとは、当時、ウツ状態になってしまったこと。

私はもう、起こってしまったことやその過去を何度も振り返っては、自分や人を責めて落ち込むというループに、とてもとても消耗していました。

その時、私の内側に何が起こっていたかと言うと、過去の嫌な出来事をわざわざ今に持ち出して、何度も傷つき直す」

これを無意識にやっているということでした。

別の視点から見れば、「今にいる私は傷ついてはいない」のですよね。

「私は何にも傷つけられない」

それを今にいる事で、自分で選択する事が出来るんだと気付いたのです。

つまり、ヨガ的に「過去はない」という解釈は、普段無意識にやってしまっている、過去の不毛な思考ループによって自らを疲弊させ今を見失うのを食い止めてくれる。

私はそんなふうに思っています。

未来もない

「今ここにいる」というテーマでは、当然ながら未来についても書かなければなりません。

未来もないなんて、夢も希望もなさそうな話ですが、もう少しお付き合い下さい。

今には未来も存在しません。これは少し理解しやすいですよね。

しかし、私たちはまだ存在してもいない未来のために思考を巡らせ、恐怖や不安を感じ、心をさまよわせます。

それによって、今この瞬間に生きることを出し惜しみしてしまうことはありませんか。

先日2022年1月22日に亡くなられた、有名なベトナムの僧侶、ティック・ナット・ハンというお坊さんがおられます。

20世紀から平和活動に従事され、欧米を中心に、仏教及びマインドフルネスの普及活動を熱心にされていました。

そんなティック・ナット・ハン禅師の言葉で、ずっと心に残っているものがあるので紹介させて下さい。

みなさんは皿洗いをしながら、そのあとにお茶を飲むことばかりを考えて、できるだけ早く皿を洗い終え、座ってお茶を飲みたいと思っていませんか。

もしそうなら、皿を洗っているとき、その時間は(真の意味で)生きられていないのです。

皿を洗っているとき、皿洗いはあなたの人生の中で最も大切なことでなければいけません

未来にばかり思考を巡らせ、地に足がつかず、妄想の中に生きて、今を全力で生きることをないがしろにしてしまう。

ちょっと耳の痛いハナシですね。

私たちの脳のエネルギーは、モンキーマインド(酔っ払った猿がせわしなく、あちこちの枝に飛び移るよう、過去や未来に思考が忙しくさまよう様子)に75%も消費されています。

そして残りの20%は脳の維持や修復に使われ、残りたった5%が「今にいる」集中状態に使われると言われます。

意外ですが、集中している時に、脳はやっと休憩することが出来るのですね。

「何かを考えて下さい」そう言われたら、皆さんは何を思い浮かべますか?それは、過去か未来のことではありませんでしたか?

つまり、思考を止めた瞬間、それが「今ここにいる」「感じる」ということです。

周りと調和し、五感を使って全体を感じ、一瞬一瞬で生きることに深く触れる。

要するに大事なのは、「ある」「ない」の議論より、今ここに集中して、どう生きるか

この瞬間こそ、意識せずに幸福感を体感し「今ここにある」、つまり無我夢中に没頭している時間が多い人ほど幸せであると言えます。

楽しくてあっという間だった!そんな経験を皆さんはしたことがあると思います。

ですから、瞑想しているだけでなく、ただ歩いたり、食べたり、日常生活の何をしていても「今ここにある」を感じることは出来るのです。

ただ、悟りを求めれば求めるほど、エゴが強化されるパラドックスが人間にはありますから、

「思いわずらうな。なるようにしかならんから、今をせつに生きよ。」

このブッダの言葉のように、肩の力を抜いて、軽やかにいけると良いのではないでしょうか。

続く

  • 記事を書いたライター
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Tsuruoka Akiko -aki-

Tsuruoka Akiko -aki-

ヨガ講師

ハワイ州マウイ島のヨガアカデミーにて、全米ヨガアライアンスRYT200を取得。帰国後は東京から千葉県九十九里に拠点を移し、ヨガメソッドBORN TO YOG のトレーニングを首席で卒業。総本山であるNYにも修行に行きつつ、中医学をベースにした陰ヨガと合わせ、千葉や東京を中心に活動。現在はReebokONE Elite、LindaWorks、バリ島miikyoga各ブランドアンバサダーとしてライブ感のあるレッスンを展開しています。

  1. 自分らしいヨガを楽しむ。自分の真ん中を探す旅へ

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  3. 「今ここ」に集中し、陰と陽のバランスを整えるヨガの本質

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